【小話】Coffee mate [小話]

たまにはコーヒーもいいんじゃない、っていう車椅子な大尉と
なんとなく寂しいらしい部下


*


 最近、ただ単に車椅子を押すのがつまらなくなって何となく始めた『エクストリーム車椅子』だが、思いの外上司がそれを気に入ったことに逆に驚いた俺である。
「なんだ、今日はやらんのか」
 庭を抜け、屋敷の門をくぐったところで彼はいつものように車椅子から肩越しに見上げてくる。あのね、これから街中に出るっていうのにそりゃあないでしょう。
「まあいいか」
 何やら自己解決したらしい。久し振りの、しかも二人揃っての買い出しに彼はどうやらご機嫌の様子である。あまり平らとは言えない道路から伝わる振動にいちいち吃驚しながらも、陽気に故郷のフォークソングを口ずさむその様は。彼がつい最近まで銃を片手に戦場を走り回っていたのだと想像するのも難しい。
「今日は俺が居るからいいですけど、そろそろ自分で買い物行ける位にならないとこの先大変ですよ?」
「うん」
「…………」
「ん?」
「やる気ないでしょ」
「うん」
 この面倒くさがり。膝にかけたブランケットを摘んで笑うこの可愛い上司に悪気はないのだろうが、俺も俺で手を焼き過ぎなのかとふと不安になる。
「今日はどこまで行かれるので?」
「たまには百貨店にも行きたいが、混みそうだからな。もう少し先に個人商店があるだろ? そこにしよう」
「了解。お目当ては?」
「コーヒー」
「? コーヒーですか?」
 思わず鸚鵡返しに聞き返した。普段から身体のその60%は紅茶が占めているのではないかと思わせるほどの紅茶好きな彼が、突如として『コーヒー』という単語を口走ったからである。
これは明日、大雨でも降るだろうなと思いつつ、俺は何か企んでいるらしい彼の顔を覗き込んだ。
「紅茶ではなく?」
「たまにはいいだろう」
 すぐ右下で風に揺れる赤毛が、ふと頬に当たった。
「あのな、プライス」
「はい」
「知ってるか?」
「何を?」
 緩やかな坂道を進みながら、遠くに見えた森林公園の緑をぼんやりと眺める。
「コーヒーってな、一人分を淹れる時も二人分の分量で淹れた方が断然美味しいんだそうだ」
 独り言のように呟かれた声は、何となく。この後また訪れるであろうしばしの別れを惜しんでいるようにも聞こえた。
「朝は。寂しいからな」
 そして苦笑する彼の――昔よりも随分と低い位置になってしまった――小さめの頭に触れ、何故か名残惜しい気分になってしまった俺は。
 その長めの赤毛を掌におさめ、くしゃりと撫でるのだった。


(了)


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