さよなら、シュミット [小話]
「内臓がふわっと浮いて、心が後ろに吹き飛ばされるんだ」
彼はそれを見たのだと言う。
振り向けばそれは真正面に立っていて、それの真正面に彼は立っていた。
脚が痺れるようだと感じ、同時に両腕が翼と化した錯覚まで覚える、と。
万能感というやつだ。主に、根拠の無い。
「俺は思わず叫んだね、この、クソ野郎! って」
その日から、彼はそれを「クソ野郎」と呼ぶ事にしたらしい。
どうしてそんな事を叫んでしまったのだ、と聞けば
「それしか思い付かなかったからだよ」
と、さも当たり前のような顔をして答えた。
ともすれば言葉にすらならなかったかもしれない叫びが、そのままそれを定義づける名前となったのだ。
「あんたもたまげるぜ、そんできっと、笑いたくなるはずだ」
訛りの強い口調で彼が言ったのは、それだけ率直な心情ということだろうか。
そして今、私はその意味をたった0.5秒という時間の中で知りつつある。
時計の針などでは決して刻むことの出来ない、しかし極度に切り取られた瞬間。
「神様に会うっていうのは、そういう時なのかもしれないな」
背後から、叫び声が聞こえる。
遠くから、近くから、意識の外で、耳のすぐそばで。
腐った生焼けのステーキをよりひどくしたような、くすんだ色のにおいが漂ってくる。
「お前も、じきに会えると思うぜ」
彼が言った通りだ。
痺れる脚も、羽根が生えたようだと感じた腕も、既にこの世の法則の外側へ行ってしまった。
「お前なら、それを何と名付ける?」
それは、私の目の前にあった。
私は、それの真正面へ足を踏み入れてしまった。
光と、風と、熱を帯びた……あれはなんだ? 今更のように問い掛ける。
「俺の時みたいに、クソ野郎じゃないといいな」
そして私もまた、叫ぶのだ。彼のように。
笑いながら、これ以上ない程にありきたりな罵りを添えた声で。
「さよなら、シュミット」
感情の破片が風に散り行く。
砂漠の上で、それがひとつになる。
彼はそれを見たのだと言う。
振り向けばそれは真正面に立っていて、それの真正面に彼は立っていた。
脚が痺れるようだと感じ、同時に両腕が翼と化した錯覚まで覚える、と。
万能感というやつだ。主に、根拠の無い。
「俺は思わず叫んだね、この、クソ野郎! って」
その日から、彼はそれを「クソ野郎」と呼ぶ事にしたらしい。
どうしてそんな事を叫んでしまったのだ、と聞けば
「それしか思い付かなかったからだよ」
と、さも当たり前のような顔をして答えた。
ともすれば言葉にすらならなかったかもしれない叫びが、そのままそれを定義づける名前となったのだ。
「あんたもたまげるぜ、そんできっと、笑いたくなるはずだ」
訛りの強い口調で彼が言ったのは、それだけ率直な心情ということだろうか。
そして今、私はその意味をたった0.5秒という時間の中で知りつつある。
時計の針などでは決して刻むことの出来ない、しかし極度に切り取られた瞬間。
「神様に会うっていうのは、そういう時なのかもしれないな」
背後から、叫び声が聞こえる。
遠くから、近くから、意識の外で、耳のすぐそばで。
腐った生焼けのステーキをよりひどくしたような、くすんだ色のにおいが漂ってくる。
「お前も、じきに会えると思うぜ」
彼が言った通りだ。
痺れる脚も、羽根が生えたようだと感じた腕も、既にこの世の法則の外側へ行ってしまった。
「お前なら、それを何と名付ける?」
それは、私の目の前にあった。
私は、それの真正面へ足を踏み入れてしまった。
光と、風と、熱を帯びた……あれはなんだ? 今更のように問い掛ける。
「俺の時みたいに、クソ野郎じゃないといいな」
そして私もまた、叫ぶのだ。彼のように。
笑いながら、これ以上ない程にありきたりな罵りを添えた声で。
「さよなら、シュミット」
感情の破片が風に散り行く。
砂漠の上で、それがひとつになる。
2015-02-09 22:00
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0