【小話】Scottish man in London [小話]

Englishman in Newyorkを聴いていてふと。
どのスコティッシュかはご想像にお任せで。




 ちょうどロンドンへ部下を連れて遠出をしていた時のことだ――ふと、運転している車のラジオ放送が懐かしいあの歌を呟いた。ニューヨークへ渡った、とあるイギリス人の話だ。
「これはまた、懐かしいですね」
 助手席に座る部下もまた気付いたのか、その歌を聞くなり小さくラジオに合わせてハミングし始めた。イギリス人、それも90年代を生きた者であれば知らない人間の方が少ないだろう。
「どうします? ある日突然『紅茶を飲んでいるからお前はイギリス人だ』なんてアメリカ野郎に指さされたら」
 歌に耳を傾けながら、特に含みもなく部下は言ったつもりだったのだろう。そう、イギリス人は紅茶が好きで、紳士的で、トーストの片面をこんがり焼いたのが大好きなのだと。そしてそれはアメリカ人にとっては異質に見えるのだ、と。
「さてね……ただ、殴って解決するならそいつを殴ればそれで済むんじゃないか」
 歌の中の『彼』が「争いは避けるべきだ」と叫ぶ中、部下へ苦笑ついでに答え灰皿の煙草を拾った。草の燻る、少し甘めの香りが車内に漂い――そして風と共に寒空へと抜けていく。人種に関わらず、生まれに起因する揶揄などいくらでも、どこにでも犇いているものだ。『殴ればいい』というのは半分冗談でもあったが、半分、本心でもあった。本当に、それだけで解決するのならばの話だが。
「珍しい。随分と投げやりなことで」
 不機嫌を悟られたか、部下がいくらか声のトーンを落とし慎重な所作でこちらを見た。普段から諦観も含めた冷静を装うことが多い自分と違い、部下は何かと血の気が多く、そしてそれを隠そうともしない。そんな彼が自分を見て『珍しい』と言うのだから、その目には相当苛ついている様子の自分が映っていたに違いない。
 しかし部下は最初こそ心配そうな表情をしていたが、すぐに子供特有の意地悪さを含んだ口の端を上げるなり挑発的に言うのだった。
「じゃあ、殴りたくなったらいつでも言ってくださいね。折角だから俺、『共犯』になりますよ」
 何が『折角』なのだと疑問に思いつつも、部下の不穏なジョークについ笑ってしまう。そしてふと隣を見返すと、ジョークが上司に受けたのが嬉しかったのだろうか。部下もまた声を漏らして笑っていた。「そこまでサポートしなくていい」と断れば、何故だと口を尖らせて不満そうにする。その様は実際の年齢よりも彼を若く――と言うよりは幼く見せ、戦場のそれとは違う空気を生み出していた。
「ねえ、大尉」
 そしておもむろに煙草へ火をつけながら彼は言う。
「"Scottish man in London"なんて歌があっても良いなと思うんですよ」
 車の窓を流れていく、煙草の煙とそう大差ない色の雲は――これから訪れる白い季節を予感させ、そして短い休息の終わりを告げていた。
「良いなと、俺は。思うんですよ」
 空に投げ掛けていた部下の青い瞳が、小さく瞬く。気がつけばラジオから漏れていた懐かしい歌の出番は終わり、代わりに今週のヒットチャートががやがやと流れ出していた。
「……思うんですよ?」
「わかったから、少し黙れ」
 フォローのつもりなのだろうが、無意識にここまでクサイ科白を立て続けに吐かれては流石に気恥ずかしくもなる。煙草を咥え自由にした右手で部下の口をぐいと押さえた。すると部下はまた何かおかしかったのか、くふふ、と押さえた手の隙間から息を漏らして笑っていた。


(了)
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