【小話】朝の憧憬 [小話]

突発小話 ギリー師弟なアレコレ ツイッターや茶で見聞きした萌えを突っ込んでみた



*


 チープなシャッター音で目が覚めた。
 同僚の持つ高価そうなカメラのそれとは違う、電子音の放つ不快な周波数は鼓膜を鋭く突き、意識を浮上させる。
「なに……してる」
 口も回らぬままに問いかければ、いつの間にか傍らに居た部下が朝の一服に目を細めている所であった。
 無意識に手が伸び、その自分よりも幾分か鍛えられた腕を掴む。すると部下は捕まえられた片手はそのままに悠々と紫煙を吐くのであった。
「おはようございます」
「なに、してる」
 先程意識の波打ち際で聴こえた、不快な電子音が耳について離れない。
「なに、って。『紅茶』の写真撮ってただけですよ」
 今回は上手に淹れられたと思うんです、などと言いながら無精髭も見事な部下は静かに笑いながら藍色も美しい磁器のティーカップを差し出してくる。
「どうぞ」
 無骨な手指から不釣り合いなティーカップを掬い上げ、その温かい紅茶にのろのろと口をつける。
 それをにこにことしながら眺める部下を睨みつけると、掴んでいたその逞しい腕が今度は自分の方へ伸び、長めの髪をくしゃりと混ぜられた。
「だから、なにをしている。写真だと?」
「ええ、『紅茶』のね」
 白の磁器椀を両手に収め、少し高い位置にある部下の青目を訝しげに覗き込む。
 相変わらず部下はとぼけたような仕草で、生意気にもその不逞をはぐらかそうとしているらしい。
「紅茶、ね……うん、美味いな。上手くなった」
「でしょう?」
 率直に褒めれば、率直に嬉しそうな声が返ってくる。
 狙撃の技術同様に、教えればその分だけ全てを吸収してレスポンスをしてくるこの部下は、どうやら家事全般も仕込めば仕込むほど上達しそうな勢いで自分の全てを受け継いでいく。
 それが少し悲しくも、救いであった。
「それじゃ、行って来ますね」
 ふと不自由な左足に触れられ、体が震える。
 そしてそれをなぞられる頃には、既に彼は自分の傍を離れて行ってしまうのだ。

 どこか遠くへ。

 どこか、遠くへ。


(了)
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